少女の叫びは、なぜ届かなかったのか?映画『あんのこと』が問いかける社会の深淵
こんにちは!映画ブロガーのともぴんです。
映画「あんのこと」を鑑賞しました。2024年6月7日公開、実際に起きた痛ましい事件をモチーフに、社会の片隅で生きる少女の過酷な現実と、彼女を取り巻く大人たちの無関心を描き出した作品です。主演の河合優実の鬼気迫る演技、そして丁寧に描かれたストーリーは、観終わった後長く心に残ります。
映画詳細
タイトル | あんのこと |
公開日 | 2024年6月7日 |
上映時間 | 113分 |
キャスト | 香川杏/河合優実 多々羅保/佐藤二朗 桐野達樹/稲垣吾郎 香川春海/河合青葉 三隅沙良/早見あかり |
あらすじ
21歳の主人公・杏は、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、十代半ばから売春を強いられて、過酷な人生を送ってきた。ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた彼女は、多々羅という変わった刑事と出会う。
大人を信用したことのない杏だが、なんの見返りも求めず就職を支援し、ありのままを受け入れてくれる多々羅に、次第に心を開いていく。
週刊誌記者の桐野は、「多々羅が薬物更生者の自助グループを私物化し、参加者の女性に関係を強いている」というリークを得て、慎重に取材を進めていた。ちょうどその頃、新型コロナウイルスが出現。杏がやっと手にした居場所や人とのつながりは、あっという間に失われてしまう。行く手を閉ざされ、孤立して苦しむ杏。そんなある朝、身を寄せていたシェルターの隣人から思いがけない頼みごとをされる──。
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映画の見どころ
検索が物語る事件の輪郭
映画のモチーフとなった事件について調べようとグーグルを開くと次のようなキーワードが候補で出てきた。「あんのこと 事件」「少女 虐待 孤立」「風俗 貧困 連鎖」。これは、映画を観た観客が、物語の背景にある現実の事件や社会問題について深く知りたいと感じている証拠だと思う。
改めて事件の概要を振り返ると、それは目を覆いたくなるような悲劇。親からの虐待、貧困、そして社会からの孤立。少女は誰にも助けを求めることができず、風俗の世界に身を沈めていく。そこでも搾取や暴力に晒され、心身ともに深く傷ついていく。
なぜ、彼女のSOSは誰にも届かなかったのか?社会の構造的な問題、そして私たち一人ひとりの無関心さが、この悲劇を生んだと言わざるを得ない。
息をのむ河合優実の演技
映画の中心にいるのは、主人公の杏(あん)を演じる河合優実。彼女の演技は、まさに圧巻の一言に尽きる。喜び、悲しみ、怒り、絶望。言葉少なな少女の心の機微を、その瞳の奥に、かすかな表情の変化に、全身で表現している。
特に、追い詰められた杏が見せる脆さと、それでも生きようとする強い眼差しは、観る者の心を強く揺さぶる。メガホンを取った入江悠監督の手腕も素晴らしい。事件のセンセーショナルな部分を安易に強調するのではなく、少女の日常、彼女が置かれた過酷な環境を、静かに、しかし容赦なく描き出す。
風俗店の生々しい描写、少女を取り巻く大人たちの無責任さや欺瞞、そして、わずかに差し込む希望の光。それらが、ドキュメンタリーのようなリアリティをもって迫ってくる。
杏に手を差し伸べようとする刑事・多々羅を演じる佐藤二朗、そして杏が身を寄せることになる男・笹岡を演じる稲垣吾郎の演技も光る。佐藤二朗は、これまでのコミカルなイメージを覆し、内に葛藤を抱えながらも真実を追い求める刑事を演じきっている。稲垣吾郎は、優しさと危うさを併せ持つ複雑な男を見事に体現し、物語に深みを与えている。
無関心という名の罪
映画全体を覆うのは、重苦しいまでの無力感だ。杏の周りには、彼女の苦しみに気づきながらも見て見ぬふりをする大人たち、あるいは、彼女を利用しようとする大人たちが存在する。彼らの無関心、あるいは悪意が、少女をさらに追い詰めていく。
私たちは、この映画を他人事として観ることはできない。SNSが普及し、情報が溢れる現代社会においても、誰にも気づかれずに苦しんでいる人々は少なくないだろう。虐待、貧困、孤立。それらは決して他人事ではなく、私たちの社会に深く根ざした問題なのだ。
映画は、観客に問いかける。「もし、あなたの隣で同じような苦しみを抱える人がいたら、あなたはどうするだろうか?」と。見て見ぬふりをするのか、それとも、勇気を出して手を差し伸べるのか。この映画を観ることは、私たち自身の良心そして行動力と向き合うことでもある。
ラストシーンのふとした表情は観客への問いかけだと思っている。言葉にならない彼女の叫びが映画を通して心に響く。今なお彼女と同じような状況下で声を出せずに悲鳴を上げている人々がいる。孤独の影は他人事ではないと感じることが同じ悲劇を起こさない一歩だと思う。
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ともぴん
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